生きづらいのは言えなかったことが多すぎるから|断じて甘えじゃない

生きづらいと感じると必ず「自分が甘えているのではないか」という考えがセットで浮かびませんか。
たとえばHSPのチェックや発達障害のチェックも試したのに、生きづらい理由が今一つはっきりしない。かといって、「別にあなたおかしくないよ」と言われたところで、心のどこかで「あなたに何がわかる」と思ってしまうことすらあるかもしれません。

断言します。生きづらいと思うことは、決して甘えではありません。
そう感じるのも仕方がないほど、自分の気持ちを抑えてきた結果なのです。
ここでは生きづらさとの付き合い方、よく言われる解決策を試すとなぜ余計にしんどくなるかまで、現役の心理カウンセラーがお伝えしていきます。

生きづらいのは、言えなかったことが多すぎるから

そもそも生きづらさとは、ひと言でいえば、「こうしたい」という気持ちと、実際にしている行動が食い違っている状態だと考えています。

では、なぜ気持ちと行動が食い違ってしまうのか。
多くの場合、気持ちをそのまま表現してつらい思いをしたからです。

たとえば幼いときに、親に悩みを打ち明けてみると「気にしすぎ」と言われて、まともに相手にされなかったとします。
すると気にすることそのもの、自然に湧いてくるつらさの気持ちそのものが、叱られる悪いことなんだと思い込んでいきます。つらい出来事がつらいというよりも、何かをつらいと思うことも封印して、大人の生きづらさへと繋がっていくのです。

忙しそうな親を見て、煩わせるわけにいかないと飲み込んだ。
勇気を出して言ってみたら、裏切られた。
そうした遠慮が重なることで、人から助けてもらえる実感のない、わかってもらえない世界で精神的に孤立し始め、自分の気持ちを言わなくなっていきます。

やがて、自分の気持ちが自然と湧くこと自体が不愉快になって、そもそも自分がどんなことを思っているのかが、わからなくなってしまう。

これが生きづらさの正体です。

「おかしくない」と言われても楽にならないのはなぜ?

生きづらいのは自分がおかしいのではないか。そう思って人に相談してみて、「あなたはおかしくないよ」と言われたとしてもピンとこない。

むしろ過去に受け取ってもらえなかった哀しみを、今になってもう一度体験することになり、より強く哀しみを感じることになります。

二度と味わいたくないから、自分の気持ちを言わないことにしたのに、より強く味わってしまった。

そうすると、目の前の相手に理不尽だと思いつつも怒りが出てきて、親しい人にだったら、その怒りをぶつけてしまうこともあるかもしれません。

そんな自分に自己嫌悪が湧いてきて、生きづらかった自分と向き合う機会すら、消えていってしまうこともあるのです。

「しょうがなかった」が受け取ってもらえない

哀しみがきつくて、言葉にできなかったのはしょうがなかった。
本当はそう思いたいし、できれば誰かに言ってほしい。でも返ってくるのは「自分を主語にして気持ちを表現しましょう」のような、能力や自己責任の話です。

しょうがなかったんだ!という幼い頃の想いが受け取られない。自分でもしょうがなかったと思えない。
カウンセリングの現場で「何がわかるの」と怒り出す方の奥には、これがとても多いと感じています。

言葉の上では親との関係が原因だったと大人の自分が言えたとしても、そこに当時の哀しみが乗ってこないんですよね。それがまた伝わらない哀しみを強くし、どうにかしたいのにどうにもならず、どうしようもなくいらだってくる。

でもいら立ちを見た周囲は自分から離れてしまうから、普段は怒りを抑えて哀しみはもっと奥にしまわれているのです。

「どうせこう思われるんだろうけど」と先回りしてしまう

それでもなお、頑張って想いを伝えようとすると、どうしても話が長くなってしまいます。哀しみの痛みから自分を守るため、あらかじめ相手の反論を封じたくなるからです。
「どうせこう思われるんだろうけど、私はこうなんです」と、先回りしてしまう。

これも、言葉を軽く扱われてきた方によく見られる姿です。
最後まで聞いてもらえなかった分、言われる前に全部説明しておきたくなるのです。これをもし、自分以外の誰かがしているのを見たとき、相手を責めたくなるでしょうか。もしも「それはしょうがない。気持ちはわかる。」と自然に思えるとき、あなたのなかの哀しみにやっとスポットライトが当たったサインなのです。

生きづらさを感じる人の特徴

本当にしょうがなかった、と少しずつ思えてくると、言えなかったことが日常のあちこちに形を変えて出ていることに気づき始めます。

言う前に相手の気持ちを考えて、飲み込む

これを言ったら相手はどう思うだろう。気持ちを言えなかった相手の顔色をうかがう癖がついているため、言葉選びをするうちに話題が変わって、結局言えずに会話が終わる。

周りからは気配りの人に見られていても、本人は毎日すり減ってしまい、人疲れしています。

人が怖いのに、一人だと寂しい

人といると疲れるし、どう思われているのかが怖い。
でも一人でいると、誰にもわかってもらえない感じが強くなる。

どちらにいても落ち着ける場所がないので、余計に「自分はおかしいのでは」と思ってしまいます。まるで自分がワガママなような気がして、自分を責め始めてしまうのです。

ルールに人一倍厳しい

常に外側の評価を気にしていると、ルールを守ることにも厳しくなります。そこにルールを守らない人がうまくやっているのを、気にしないでおこうと思っても、普段のガマンが怒りに変わりやすいです。なんで自分ばかりが我慢しているんだろうという気持ちになる。

そんな自分も責めがちになったり、時々、当事者じゃないところにもぶつけたくなったりします。その相手が親密な人になることが多く、また自分を責めてしまいがちになるのです。

大きな不幸な経験がないから余計に悩む

もっと大変な人はいくらでもいるのに、自分は甘えているのではないか。虐待を受けたわけじゃないのに、トラウマとか思っていても良いのだろうか。
そう思うと、つらいと口にする資格があるのかどうかもわからなくなります。
大きな不幸がなかったと自分で思う方ほど、自分のつらさを説明する言葉を持ちにくいだけです。

恵まれているはずなのに苦しい方は、満たされないのは欲深いからじゃない|恵まれてるのに心が空っぽな理由も読んでみてください。

自分のせい?親のせい?どう思ってもいいし、変わってもいい

親のせいにするのはみっともない。
そう思いながら、自分のせいだとも思いたくない。
でもしょうがなかったとは誰も言ってくれないし、自分でも思えない。
たとえば仕事をしているときに、親が目の前にいるわけじゃない。だから全部自分のせいだということになる。背景を無視した言葉が自分の中にわいてくる感覚。
この悔しさは、なかなか人にわかってもらえません。

親を責めましょう、という話ではありません。
かといって責めるなでもない。
今の自分にとって、どう感じるのが一番しっくりくるのか。それを探していく作業が必要なのです。
自分の内側にある気持ちを言葉にしようとした時、たとえそれを誰かに話している時じゃなくても、誰かに聞かれているような感じがして、恥ずかしくなってしまうこともあります。
カウンセリングの現場ですら、カウンセラーにどう思われるかが気になって、言葉にためらう方だっていらっしゃるんです。
たとえ恥ずかしさや罪悪感が湧いてきたとしても、今この辛さは親との関係が原因なんだな、そう思った時に身体が軽くなるような感覚があれば、その時はそれが自分にとっての正解なんです。
ここは親とは切り分けて自分の問題として取り組んでみようと思ったときに、同じようにスッキリすれば、その時は正解だし、そう思った時になんだかみぞおちのあたりが重たくなるような感覚があれば、まだ掴み切れていない自分の気持ちがあって、それを探す作業がこうして自分の内側の気持ちを誰かに言葉にしてもらうことなんです。

このブログを読んでいて「それは違う」と思ったら、まさにそれを口に出してみてください。
そこで、本当の気持ちと出会うことができます。

HSPや発達障害のチェックをしても、すっきりしないのはなぜ?

チェックをしてもすっきりしないのなら、探しているものが別にあるのかもしれません。

当てはまって楽になっても、すぐに効果が切れる

当てはまる項目が多いと、「だからしんどかったんだ」と最初は楽になります。

でも、しばらくすると効果が切れて、また別のチェックを探している。
そんな経験はないでしょうか。

外の基準に頼るのは、許されなかった過去があるから

あなたが本当に探しているのは、自分のしんどさが無理もないものだったと思える感覚かもしれません。そして生きづらさは無意味ではない、生き延びるために必要な何かだったのだと。

チェック項目で自分の立ち位置を知れること自体はとても良いことだと思います。ただし、それだけを正解と思うことは、生きづらさを感じる自分そのものを、許していないということでもあります。
チェック項目にあてはまらなかったら生きづらいって言っちゃダメなのか。あてはまってホっとすることは、ただのレッテル貼りなのか。
そんなわけがありません。
もちろん好きで自分を許せないのではなく、
自然に辛がることすら許されなかった過去を持っている、ということなのです。

「境界線を引こう」「書き出そう」がかえってしんどくなるのはなぜ?

生きづらさを調べると、よく出てくる解決策があります。
自分と他人の間に境界線を引く。気持ちを書き出してみる。

どちらも、自然に辛がっていい土台のある人のための方法です。

辛いと思うこと自体は自然なことで、さて自分のつらさをどうにかしようと思えるとき、境界線のワークや書き出しによる気持ちの解消はとても効果的です。

わかっていても、気持ちは頭についてこない

境界線を引くというのは、自分の気持ちと他人の気持ちを分けることです。

ところが気持ちは、頭で考えていることとすぐに連動するわけではありません。
わかっちゃいるけどできないことをやれと言われるので、余計につらくなります。

それに、こちらがどんなに心がけても、境界線を越えて近づいてくる人は必ずいます。
理屈の上では断ればいいのですが、現実はそう簡単にいきません。

気持ちを感じようとするだけで、怒られるイメージが湧く

境界線を引けるのは、自分の気持ちがスムーズに認識できて、気持ちと行動がよく一致している状態の人です。

でも、気持ちを行動にしたことで怒られたり、バカにされたり、遠慮しないといけなかったりした環境にいた方は違います。
自分の気持ちを認識するだけで、怒られてしまうイメージが湧いてくる。
気持ちを感じようとすることすら、嫌な気持ちになってしまうのです。

土台がないまま引こうとするのは、ガソリンなしで走るようなもの

土台がない状態で、意思の力だけで引けと言われる。
これは、ガソリンが入っていない状態で走れと言われている車のようなものです。

エンジンをかけて、アクセルを踏むことはできます。
でもガソリンがないから、車は動きません。

土台がないのは、あなたの努力不足ではなく、本当に仕方のないことです。

書き出そうとしても、話が迷子になる・言葉が詰まる

書き出す方法も同じです。
言葉にすること自体が、傷ついてきた経験と結びついているからです。

タイプは大きく2つに分かれます。

  • 全部わかってもらおうとして、話が迷子になるタイプ(愛着障害でいう不安型に多い)
  • 最初から言葉が詰まって、話すことを諦めるタイプ(愛着障害でいう回避型に多い)

どちらも、言いたい気持ちが弱いわけではありません。
不安型の方は不安型愛着障害の「試し行動」がやめられない大人へ、回避型の方は人付き合いを避ける「回避型愛着障害」の特徴と克服への治し方も参考になると思います。

生きづらさとの付き合い方

私がお伝えしたいのは、新しいことを始める方法ではありません。
すでにあなたの中にある哀しみを、見てあげることです。

見てあげるためには、まずは身体のどこで哀しみを感じているかを探ります。言葉にしにくい気持ちを無理やり言葉にせず、できれば目を閉じて身体の内側に意識を向け、喉、肩、胸、お腹のあたりにグっと詰まった感じがないかを探ってみてください。

その哀しみを、恥ずかしいものや悪者にしていないか

哀しいという感情は決して心地よいものではありません。ただ、哀しみには本来、誰かからの助けを呼んでくる大切なサインの役割があります。

今、身体の不快感を探っても、それで消えないなら意味がないと思ったかもしれませんね。そのまましばらく、意味のなさの焦りや不安、いら立ちもいっしょに、その部分に意識を向け続けてみてください。
途中で嫌な思い出が浮かぶかもしれません。それでもそのまま力を抜いてただ呼吸をします。どんな言葉がでてくるでしょうか。
つらさが強くなりすぎたときは、無理に続けず、目を開けて周りを見渡してください。また別の日で大丈夫です。

こんなことで悲しいなんて、幼稚で恥ずかしい。
悲しんでいる自分は、よくないものだ。

そんなふうに思っていないでしょうか。

自分の悩みを「弱い」と言われた。
「もうお兄ちゃんなんだから」「お姉ちゃんなんだから」と言われた。

その哀しみを恥ずかしいものにしてきたのは、そうした言葉だったのかもしれません。そのままじっとしていると、そう長く集中していられず、少しだけつらかった部分が軽くなったとき、はじめて自分の哀しみを「見てあげた」状態になります。

「もう過去のことだから」と諦める前に

ここまで読んで、「結局、自分一人でやれってことか」と思われたかもしれません。
その気持ちは、もっともです。

もう過去のことだから変えようがない。身体に意識を向けても言葉にできなければ意味がない。
そう諦める前に知っていただきたいのは、自分が自分を理解することそのものが、気持ちを和らげるということです。

一人でするのは難しくても、セラピーとして誘導してもらうと、結構やりやすかったりもします。

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言えなかったことを、あなた自身が少しずつ受け取っていけますように。

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心理カウンセラー 外では「しっかり者」「いい人」でいられるのに、内側はずっとしんどい。そんな方が、自分で自分を守れるようになることを目指してカウンセリングをしています。私自身も、生きづらさや愛着の課題と向き合ってきた一人です。これまでに延べ2,000回以上のカウンセリングを行ってきました。 プロフィールの詳細はこちら