悲劇のヒロインの正体は頑張り屋さん。これ以上自分を責めずにいてほしい

悲劇のヒロインぶる自分になりさがりたくない気持ちから、つらい出来事にフタをしようとしていませんか。
フタがしまりきらずにモヤモヤしたまま過ごしているうち、
自分が何を好きで嫌いか、
どうなりたかったのかまで忘れてしまいます。

なんで生きているのかわからなくなってくる感じ。

そんな感覚に、心当たりはありませんか。

これは、決してあなたの性格の問題ではありません。

僕のカウンセリングでは、
このような状態を
幼い時のあなたが両親から受け取ったメッセージ、
「くつろぐな」という禁止令が働いている、
という見方をしています。

この記事では、「禁止令」(後述)という理論をもとに、
なぜ頑張り屋さんほど悲劇のヒロインのように見えてしまうのか、
その正体と対処法を丁寧に解説していきます。

「構ってちゃん」「悲劇のヒロイン」だと自分を責めていませんか

頑張り屋さんほど、悲劇の主人公になりやすい理由

矛盾しているように聞こえるかもしれませんが、
頑張り屋さんほど、
実は悲劇の主人公になりやすい
傾向があります。

弱いところを人に見せたくない。
言葉にも態度にも出したくない。
それがふと漏れてしまった瞬間、
自分で自分を罰したくなるような感覚になる。

ここにどうしても成り下がりたくない像、
トラウマの原因となる親の振る舞いを記憶していることが多いです。

たとえば母親が、
家事を手伝ってほしいとき、
「洗濯物をこっちへもってきて」
と言われれば子供は意味を理解します。

そのうえで手伝うか手伝わないか、
少なくとも自分の意思で決め、
その結果を自分で体験して人間関係を覚えるのです。

一方で
「なんで私ばっかり忙しくしないといけないの」
とため息ばかりついてる場合はどうでしょう。

子供はこの時、無限の答え探しの中に巻き込まれます。

私がいること自体が邪魔なのか。
手伝ってほしそうだけど失敗したら怒られる。
何もしないのがよさそうだけど、そうしたらイヤミを言われる。

こうして必死に母の機嫌をとろうと
くつろいでいる状態を禁止し、
他人の機嫌を常に警戒するモードが大人になっても続くのです。

大人になった今、
外側からは、休み下手で、
自らしんどい方へ向かっているようにしか見えません。
周りは「ストイックだから大丈夫」と思い込みます。

愚痴をこぼしてみても、
ならやめておけばいいじゃない、
とひとことで済ませられるうち、
そこへのいら立ちが態度に出てしまい、
精神的にも物理的にも孤独へ近づくことさえあるのです。

逆に自分をつらくさせた母みたいな像に
絶対にならないように警戒する、
というトラウマの現れ方もあり得ます。

こうしてくつろげない結果、
無限の答え探しの「答え」として選んだ
行動パターンが、
大人になっても本人を縛ることで生きづらさにつながるのです。

弱さを見せられないと、愚痴の聞き役になってしまう

くつろげない行動パターンから外れると不安になるため、
心からの愚痴がこぼせなくなってしまいます。

愚痴そのものがなりたくない像、
もしくは心を休ませるくつろぎにつながり、
危険なことだと無意識に判断してしまうからです。

その結果まわりくどい言動になってしまい、
愚痴った瞬間に「でもあなたは優秀だし」と返され、
いつの間にか愚痴の聞き役に回ってしまう。
そしてまた、結局自分が悪いんだと嘆く。

基本的に自分が悪い気がする中で、
それでも納得がいかない嘆きを
悲劇のヒロインとして封じてしまう。

こうしてゴールのない悩みへと悪循環に陥ってしまいます。

「くつろぐな」――グールディング夫妻の禁止令理論から見える正体

禁止令とは何か

禁止令(injunction)とは、交流分析(TA)を発展させたロバート・グールディングとメアリー・グールディング夫妻が、1970年代に体系化した心理学の概念です。
難しいことはさておき、親の態度から無意識に受け取った「~するな」というメッセージのことです。

グールディング夫妻は、「感じるな」「成功するな」「子供であるな」「重要であるな」といった12種類の禁止令を整理しています

正確には「くつろぐな」という項目が単独で分類表に載っているわけではありません。

けれど臨床の現場で見ていると、「感じるな」「成功するな」「子供であるな」がセットで働いているとき、その結果として「休んではいけない」「気を抜いてはいけない」という感覚が、まるでひとつの禁止令のように立ち上がってくるケースがとても多いのです。

手伝いをハッキリ求められず、
態度で示された結果、
先に空気を読んで動ける大人の言動を
年齢の小さいうちから身に着けたり、
パニックになって何もできずに固まり、
そもそも感情を受け取らないようにしたり。

悲劇のヒロインへの自己嫌悪が
とくに「くつろぐことへの禁止」と、
大人への空気を読む焦りからくることから、
「くつろぐな」という禁止令と呼んで説明しています。

「くつろぐな」は単独ではやってこない

例えば、共働きの両親のもとで迎えた夏休み。

子供がダラッと過ごしていたら、「今ね、子供はずっと休んでられるから」と嫌味っぽく言われる。

大きな暴言ではありません。
でも、自分が休んでいる様子で誰かが不機嫌になる、その空気だけはしっかり伝わってくる。

このとき、くつろぐことに罪悪感を覚える回路ができます。

そしてこの禁止令は、単独ではやってきません。

水泳大会でメダルを取っても、「別にそんなに大したことじゃない」「それよりあんた宿題したの」と返される(成功するな)。

自分の成果を横から否定された瞬間、楽しい・嬉しいと感じないほうが安全だと決めてしまう(感じるな)。

無邪気に喜ぶ子供でいるより、さっさと大人になって家事や兄弟の面倒を見る側に回る(子供であるな)。

両親の不仲を見続けた子が、その家庭を自分が支えると決めてしまうようなケースもあります。

背景は複雑なのに、結論だけは極めてロジカルに「自分が悲劇の主人公っぽくて嫌だ」に着地してしまうんです。

「構ってちゃん」の裏にある、恐れ回避型の愛着スタイル

弱さを見せられないのに、心のどこかでは誰かにわかってほしい。

この矛盾した状態は、恐れ回避型と呼ばれる愛着スタイルの特徴とも重なります。

恐れ回避型愛着障害について詳しくはこちらで解説していますが、簡単に言うと「甘えたい、愛されたい気持ちが強いのに、頼ることには嫌悪感がある」という、相反する気持ちを同時に抱える愛着スタイルです。

「くつろぐな」「感じるな」の禁止令によって弱さを出せなくなった人が、それでも人一倍理解されたいという欲求を持ち続けているとしたら――周囲からは、まさに「構ってちゃん」に見えてしまうかもしれません。

でも実態は逆です。
構ってほしいくせに、構われることを許さないという、板挟みの中で必死に踏ん張っているだけなのです。

頭でわかっても、心には届かない理由

厄介なのは、ここまでの説明が、頭では届いても、心には届きにくいということです。

「そうか、自分は大変だったんだ」。

カウンセリングの現場でそこまで理解が進んでも、良かったことに蓋をする癖そのものは、なかなか緩みません。

感じるな」の禁止令も一緒に働いているからです。

言葉が効かないなら、言葉以外を使えばいい。
僕がお伝えしているのは、音や匂いを使って、体に直接働きかける方法です。

言葉より、音と匂いで体に直接働きかける

極めて個人的な”安全のスイッチ”を思い出す

これは僕自身の話でもあります。

キンキンに冷えた冷房の匂いと、淹れた後のコーヒーの粉、フィルターに残ったあの匂い。

混ざり合うと、決して好きな匂いじゃないのに、なぜかものすごくリラックスするんです。

そこにタバコの匂いが混じると、もっとはっきりします。

タバコは吸わないし好きでもないのに、十代の後半、自分にとって避難場所だった、ある事務所を思い出す。
あそこにいると、なぜか安心できていました。

「その匂いの何がいいねん」と、周りには思われるでしょう。
でも、極めて個人的であることこそが大事なんです。

夏の雨が降る前のコンクリートの匂い。バスの排気ガスの匂いとエンジンの振動。

他の人からすれば酔いそうなものが、自分にとっては安全のスイッチになっている。
そういうことが、誰にでもあると思います。

夏休みの職員室で、いつも厳しい先生がふっと優しくなる、あの気配。内緒でもらったアメちゃんの味。そんな断片が、ふっと蘇ってくることもあります。

短い時間でいい。10秒でも、20秒でも。
頭が休まっていなくても、体だけ勝手にリラックスして、いい記憶がふっと蘇ってくる。それだけで十分です。

「意識するほど逆効果」になる禁止令の逆説

ただ、ひとつだけ注意があります。

「よし、リラックスしよう」と意識すればするほど、逆に禁止令が強く反応してしまうという、逆説があるんです。

くつろぎかけている自分に気づいた瞬間、頭のどこかが「油断してるぞ、危険やぞ、備えろ」と鳴り始める。

せっかく出かけようとしても、「生産性のある場所じゃないとダメ」と邪魔が入る。

でも成功も、感じることも禁じられているから、本当に行きたい場所なんて、そもそも思い浮かびません。

だから、狙って頑張ってリラックスしようとするより、音や匂いのトリガーが偶然やってきたときに、それをちゃんと覚えておくくらいが、ちょうどいいんです。

まとめ:「悲劇のヒロイン」だと自分を裁かないでほしい

承認欲求が強くて、悲劇のヒロイン・主人公になりたくて、周りの気を引くために嫌なことばかり見ている。

そんなふうに、自分で自分を裁かないでほしいと思います。

その正体は、性格の歪みではなく、「くつろぐな」という禁止令と、恐れ回避型の愛着スタイルが組み合わさって生まれた、精一杯の生き延び方だったのです。

言葉が届きにくいだけです。
だから、音や匂い、好きなものに、意図的に身を置いてみてください。

それくらいのいたわり方で、十分なんです。

心の仕組みがこうしてわかってきても、「じゃあ、実際にどう向き合っていけばいいんだろう」と思われたかもしれません。

自分だけの”安全のスイッチ”を探すワークは、今日からひとりでも始められます。

でも、その奥にある禁止令そのものに向き合っていくのは、一人では難しいと感じられる方も多いと思います。

もっと深く、カウンセリングの現場で実際に使っているセルフケアの視点に触れてみたい方には、7日間の無料メールレッスンもご用意しています。もしよかったら、ご登録いただけると嬉しいです。

「構ってちゃん」でも「悲劇のヒロイン」でもない、ただ精一杯生きてきただけのあなたに、少しでも休む許可が戻ってきますように。

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